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東京地方裁判所 昭和50年(ヨ)2285号 決定

申請人 梅韜こと林敏子

被申請人 国

訴訟代理人 山田巌 石川博章 ほか八名

主文

本件申請をいずれも却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

申請人が国立筑波大学の外国人教師である地位を仮に定める。

被申請人は、申請人に対して、昭和五〇年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月一六日限り金二五三、八〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

被申請人は、申請人の行う授業を妨害してはならない。

二  被申請人

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  疎明と審尋の全趣旨によれば、つぎの事実が一応認められる。

(一)  申請人と筑波大学長三輪知雄は、昭和四九年五月一日左記の契約(以下「本件契約」という。)を締結したところ、第二条に定める給与月額は、同年一二月二五日、同年五月一日に遡つて「俸給三〇〇、〇〇〇円および筑波研究学園都市移転手当二四、〇〇〇円」と改定された。

「筑波大学長三輪知雄(以下Aという。)と中華人民共和国人である申請人(以下Bという。)との間に下記のとおり契約を締結する。

第一条 AはBを筑波大学中国語学担当の外国人教師として昭和四九年五月一日から昭和五〇年三月三一日まで雇用する。

第二条 給与は俸給二三五、〇〇〇円および筑波研究学園都市移転手当一八、八〇〇円を毎月所定の日に支給する。

上記のほか、日本人教員の例に準じて期末手当、勤勉手当を支給する。

なお、雇用期間が月の中途において始まり、または終つたときは、勤務の日数に応じて日割計算で給与を支給する。

第三条 Bは勤務時間、時間割その他服務に関して、大学の規則およびAの指示を守らなければならない。ただし、授業時間は週平均七時間三〇分をこえないものとする。

第四条 Bは担当授業に関し、Aに意見をのべることができる。

第五条 Bは休日、休暇の取り扱いについては、日本人教員の例に準ずるものとする。ただし、Bが自己の病気により引き続き九〇日をこえて勤務しないときは、九〇日をこえた日以後の給与は半減することとし、引き続き一八〇日をこえて勤務しないときは、Aは解約することができる。

第六条 第一条に定める雇用期間内においても、一方の都合により解約することができる。

この場合、解約しようとする一方から少なくとも三〇日前にその旨を他の一方に通知するのでなければこの解約の効力は生じないものとする。

第七条 AはBに、別に定めるところにより、赴任および帰国のための旅費を支給する。

なお、帰国旅費は原則として引き続き二年以上勤務し、かつこの契約の期間が満了した場合であつて、契約期間満了後三月以内に本邦を出発する場合とする。

第八条 Bは非違によることなく、三年以上勤務して退職したときは傭外国人教師退職手当支給要綱(文部大臣裁定)に基づき退職手当の支給をうける。

第九条 AはBが第三条の規定に違反したときはこの契約を解除する。」

(二)  昭和五〇年二月二八日、筑波大学副学長辰野千寿は、申請人に対して電話で、昭和五〇年度は申請人と雇用契約を締結することができないので、同人との雇用関係は約定の同年三月三一日限りで終了する旨を通知し、三輪知雄学長は昭和五〇年三月三日付その頃到達の内容証明郵便で申請人に対し、右は昭和五〇年度における授業計画の都合によるものである旨を明らかにした。

二  申請人の主張について検討する。

(一)  申請人は、語学教育は長期的な計画と実施により行われること及び大学の自治と教員の身分保障の点からみて、本件契約は期間の定めのない契約であり、仮に期間の定めのある契約であるとしても、申請人は期間が更新されるべき期待権を有している、と主張する。

しかしながら、申請人の主張するように、語学教育が長期的な計画と実施により行われるものであり、また、大学の自治に由来する教員の身分保障が認められるべきものであるとしても、このことから直ちに、本件契約が、前掲第一条の定めにかかわらず、実質的には期間の定めのない契約であるとか、申請人が本件契約について期間更新の期待権を有していると認めることはできず、他に本件契約が実質的には期間の定めのない契約であるとか、本件契約が一年ごとに期間が反覆更新される趣旨であると認めるに足りる疎明資料はない。

もつとも、本件契約条項中第七条及び第八条には、申請人が引き続き一年を超えて勤務することがあり得ることを前提とした定めが設けられており、加えて、「外国人教師の取り扱いについて」(昭和四四年文大庶第二五一号文部事務次官通知)(〈証拠省略〉)によれば、文部当局は、外国人教師の雇用期間について一を超えないものとして契約するよう、各国立大学を指導しているが、これは国の会計年度との関係からの要請に基づいていると思われる。しかし、疎明と審尋の全趣旨から窺えるように、筑波大学における開学後の授業は昭和四九年四月一日から開始され、本件契約締結当時は、中国語の授業科目の内容、担当教官等についてはまだその緒についたばかりで、翌年度以降をも想定した長期的な授業計画はなんら立てられておらず、しかも、申請人が同大学における中国語の教師として十分に適任者であるかどうかについての実証も必らずしも明らかであるとはいえなかつたから、以上の諸事情を考え合わせると、前記第七、第八条の規定及び文部当局の指導の事実も、本件契約が期間の定めのないものであるとか期間一年で反覆更新される趣旨であると解する根拠とするには乏しい。また、疎明によれば、本件契約の締結を事実上斡旋した牛島徳次東京教育大学教授は、斡旋に当つて申請人に対し、契約書上の期間は一年とするが、右期間は自動的に延長・継続される旨説明したが、牛島は当時筑波大学教授を併任していたものの同大学学長を代理する権限はなく、右説明は同学長の了解を得ずに自分の一存で行つたものであることが一応認められる。したがつて、申請人の右主張はいずれも採用できない。

(二)  申請人は、本件契約は、昭和五〇年一月末、申請人が筑波大学に対し、その要請に基づき、昭和五〇年度「授業科目の概要」を書面で提出したことにより更新された、と主張している。

1 疎明と審尋の全趣旨によれば、つぎの事実が一応認められる。

昭和四九年秋以降同年末頃までの間、申請人、前掲牛島教授、上野恵司、菱沼透各専任講師ら四名の中国語・中国語学担当者は、昭和五〇年度における中国語・中国語学関係の時間割表案の検討を行ない、筑波大学教育課程専門委員会に対して、その指示に基づき、昭和四九年一二月末、昭和五〇年度専攻科目開設授業科目表案を提出し(これには、申請人が水曜日の一時間目と三時間目の二コマ中国語の授業を担当すると記載された。)、昭和五〇年一月末には、昭和五〇年度担当予定授業科目についての使用教材、授業内容を具体的に記載した昭和五〇年度の「授業科目の概要」を提出した。しかし、前記教育課程専門委員会が開設授業科目表案に担当教官の氏名の表示を求めたのは、「昭和五〇年度開設授業科目表」作成の参考資料にするため、開設授業科目表案作成当時在職する教官が昭和五〇年度も一応引き続いて在職する場合を想定して、立案することとしたまでのものである。

2 以上の事実によれば申請人が、昭和五〇年度の「授業科目の概要」を提出したことにより、本件契約が更新されたものとはとうてい認められず、申請人の主張は採用できない。

三  以上によれば、本件契約が仮に有効に締結されたものであるとしても、本件契約は昭和五〇年三月三一日の期間満了をもつて終了したものというべく、よつて本件申請はその余の点について判断するまでもなく仮処分の被保全権利についての疎明を欠き、保証をもつてこれに代えるのは相当でないから、失当として却下すべく、訴訟費用の負担について、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宮崎啓一 佐藤栄一 仙波英躬)

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